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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4695号 判決 1963年6月25日

原告 鈴木政雄

外三名

右三名訴訟代理人弁護士 西村真人

同 岸巌

同 糸賀昭

被告 株式会社玉川計器製作所

右代表社代表取締役 西郡成治

右訴訟代理人弁護士 滝口稔

同 高山盛雄

被告 斎藤大三

被告 板橋庄之助

右両名訴訟代理人弁護士 斎藤浩二

主文

被告株式会社玉川計器製作所は、原告に対し、昭和三七年一月一日から同年二月二六日まで一ヵ月金一、四四五円の割合による金員を支払え。

同被告に対する原告その余の請求および被告斎藤、同板橋に対する原告らの請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外亡鈴木周蔵がもと本件土地を所有し、被告会社に対し、原告らの主張の日、原告ら主張の約定で本件土地を賃貸したこと、被告会社が右土地上に本件建物を所有して右土地を占有していること、被告斎藤および同板橋が右建物のうち原告ら主張の各部分を使用することによつて本件土地を占有していること、上記訴外人が原告ら主張の日に死亡し、原告らが原告主張の身分関係に基づいて相続により右土地の所有権および賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継取得したこと、本件土地の賃料が原告ら主張の頃その主張のように改訂せられたこと、被告会社が本件建物の工事をしたことはいずれも当事者間に争いがなく、原告らがその主張の日被告会社に対し工事中止の請求をし、次いでその主張の日本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、原告らと被告会社との間では争いがなく、その余の被告らに対する関係においては成立に争いのない甲第五、第六号証の各一、二によつてこれを認めるに十分である。

二、よつて右賃貸借契約解除の効力について判断する。

(一)  被告らは、上記土地賃貸借契約における無断増改築禁止の特約が借地法第一一条の規定に違反し無効である旨主張するが、右特約は、これを異別に解すべき特段の事由の見あたらない本件においては、建物の増改築に至らない程度の修理はもちろん、賃貸人において社会観念上甘受するを至当とするごとき合理的な理由に基づく増改築までも無制限に禁止する趣旨のものではないと解するのが相当であり、かかる趣旨の契約条項である限り、これを借地法第一一条の違反またはその他の理由によつて無効と解すべき理由はない。

(二)  よつて進んで被告会社のした本件建物の工事が上記特約にいう無断改築にあたるかどうかについて判断する。成立に争いない甲第四号証≪中略≫によれば、被告会社は本件建物を同会社の工員寮として使用していたが終戦直後工場の閉鎖に伴い一時会社再建のときは明け渡すという条件で入居を許していた第三者らによつて羽目板や天井板を外す等され、ようやく被告斎藤、同板橋を除くその余の入居者の明渡しを得て再び工員寮として使用に供するにあたりこれらの破損箇所を修繕し、あわせて右建物の利用価値を高めるために一部の模様替をする必要を感じ、昭和三七年一月頃から同年二月下旬頃までの間に本件建物のうち、北東の階段部分を取り毀して階上に三畳一室、階下に四畳半一室を増設し、(この事実は、原告らと被告会社との間では争いがない。)外壁の板張りの部分を板張りの上からさらにトタン張りにしてエナメルを塗り、ポーチにある柱二本を取り替え、階下東西の四畳半の室の柱三本を新材のように見えるように削り、一部間仕切り用の板をとりつけ、階下四畳半の各室(但し右増設部分を除く)の唐紙を開閉式ドアに替え、階上四畳半の各室(ただし北西隅の室と階段の前の室を除く)の敷居をレール式に替え、台所流しのトタン屋根をプラスチツクの屋根に替え、同時にその桁を取り替え、その他畳、建具を取り替え、壁を塗り替え、ごく一部の天丼にベニヤ板を張る等の工事をしたことが認められるが、それ以外に本件建物について工事をした事実は認められない。右認定に反する原告鈴木政雄本人の供述部分は信用できず、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。右認定の事実によれば被告会社がした工事は、建物の増築でないことはもちろん、建物の土台や柱等その根幹をなす部分に根本的な改造を加えてその耐用年数を飛躍的に増大せしめるごとき工事を行なつたわけではなく、全体としてみれば従来の建物の保存のための単なる修理およびその利用価値をある程度良好にするための模様替の域を超えるものではないというべきであるから、これをもつて上記特約にいう建物の増改築にあたるものとすることはできない。それ故右特約違背を理由として原告がした本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生ずるよしがない。

三、そうすると、原告らの被告会社に対する請求中本件賃貸借契約が有効に解除せられたことを前提としてその原状回復義務の履行として本件土地の明渡しおよびその遅滞に基づく損害金の支払いを求める部分は右の点において失当として棄却されるべきである。しかしながら同請求中同被告に対して昭和三七年一月一日から同年二月二六日まで一ヵ月金一、四四五円の割合による賃料の支払いを求める部分については、被告会社が右賃料に相当する金員を弁済のため供託したことは原告らの明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべきも、原告らが同被告により右賃料の弁済の受領を拒み、または拒むことが明らかであるとの事実を認めることができないから(同被告は、原告が本件賃貸借契約が解除せられた旨主張している以上、賃料の金額を拒否することが明らかである旨主張するけれども、かかる事実が存するとしても、これがため解除後の賃料の弁済の提供なら格別、解除前の未払賃料についても原告らがその弁済の受領を拒否することが明らかであるとはいい難い。)、右供託によつては弁済の効果を生じたものということはできず、その他の債務消滅原因についてはなんらの主張がないから、被告会社に対する請求中右賃料の支払いを求める部分は正当として認容すべきである。

次に、被告斎藤、同板橋に対する請求についてみるに、被告会社が適法に有する本件土地の賃借権に基づいて右土地を占有していること上記のごとくである以上、原告らは単に右建物の一部の占有者として付随的に本件土地を占有しているにすぎない上記被告らに対して右建物から退去して右土地の明渡しを請求する権利を有しないものというべきであるから、同被告らに対する請求も失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但し書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗)

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